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2009年11月30日 (月)

残り一ヶ月

 早いもので、今年も残り一ヶ月となった今日11月30日

 あさ小さな一言を見た、それは「家族団らん」と言う言葉である。今までは日本の生活環境から夕食時などは家族皆一緒に食事をしているのを想像する。

 もっちゃんもその様な夕食の場を頭に思い浮かべる、夕食時にはご飯を炊き(釜で)味噌汁を作り、おかずの魚を七輪で焼き皆で「いただきます。」と言って食べる。そこではいつも今日一日の出来事を話していた。

 昔の出来事である、いまはかみさんと二人、風呂から上がり一人で食事をしているのだ。

 その後は、静かに二人でテレビを見ている。(テレビ・タイム)

 言われる「家族団欒」とはなんぞや??

 辞書では、「家族が集まって楽しい一時を過ごす」となっている。今の時代は無理な所があるようだが、若い人は可能だ。

 子どもが小さな時は、楽しい一時を過ごすことが大切なのである。

 残り一ヶ月を、平成21年の残りを、有意義なものにしたものである。

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2009年11月29日 (日)

ストレス解消は??

 土・日曜日は久しぶりの自分のペースで過ごすことが出来た。

 今日は、ノンビリとキャンカーで出かけた、時間的なことがあり近場へ。都市高速道路から浜玉へ出かけ、虹ノ松原で時を過ごした。

  20091129

 

 この頃は、朝のミーテング時に大きな声だし皆を同じテーブル上にのせながらの業務調整

 どうしても、5組の班がすれ違いで同じ業務を実施している。昼間の勤務者は夜間の水処理が判らない、だからミーテング時に、ポンプ棟から樋門まで状況を説明させる。

 水質担当者、保守担当者、主任、副総括、総括にそれぞれ今日の業務連絡等を話なさせ、全員に承知してもらう。

 昼間の監視員は、それも基づき又公社の方から指示があれば指示に従い運転業務を実施する。監視員以外の勤務員もすべて現在の処理状況を知ってもらうためである。

 ここの所、朝声が小さい時もあったが、こちらが再度大きな声を出して催促すると、付いてくるようになってきた。

 情報は同じ業務をしている限り共有しなければ、そうでなければ監視は監視、保守は保守、水質検査は検査だけになってしまう。それがこの頃分かってきたようで、良く状況を説明して申し送りが出来ているようだ。

 あとは、「ほうれんそう」である。

 なかなか難しい、それは年配者である。彼らは自分が知り得た情報は自分のものだと思っているからたちが悪い。

 それに、昼間の行堂が判らんし。夜のミーテング時にあれをやった、あそこを修理した、グリスアップを済ませたと終わってから話をする、記録は自分のノートに???????

 ここを、何とかしなければならない。そうすれば立派な記録が残せ、後生に記録が残せる。安心できる。

 

 夢・夢・夢  

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2009年11月27日 (金)

お疲れドライブ

  25日は休みをもらい、平日でしか出来ない用事を済ませようとした。

 それを知った義母は、「車の中で待ってていいから、付いてくる。」と言いだし、かみさんが「退屈するから・・」と断っていたが、
 3度目の電話で、それではと根負けした。「1時間後に出かけるので。」との電話聞いたのか聞かないのか、その間に催促の電話??????

 用事を済ませ、今まで日田天領水を日田まで買いに行っていたが、天領水と味が変わらない水があると言う、前原市へ出かけた。

 そこは、うどんのバイキングの店、その一角に20㍑100円のコーナーあった。店に入った時は数人の人が水を汲んでいた。

 時間を見ると昼近くになっていたので、ここでうどんバイキングをいただく事にした。

 うどん一杯680円で薬味等は取り放題、だから一杯のうどんでゴボウ天うどんに天ぷらうどん、月見うどん・きつねうどん・わかめうどんなど一度に色々なうどんがいただけた。

 食後に水を40㍑汲み、車に乗せ雷山へと向かった。

 以前紅葉のニュースが流れた千如寺へと、昔と言っても45年前、昭和38年に雷山登山の時に寄って以来である。
 お寺は一寸紅葉は過ぎた頃で、枯れ葉の状態であったが、義母は喜んでいた。境内の散策も時々止まっては、少し盛りを過ぎた木の葉を鑑賞していたようだ。

 その日(25日)は、時間がないのでこのまま長野峠まで行き、元来た道を引き返した。時間があれば佐賀県まで足を伸ばしたかったが。

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2009年11月11日 (水)

一段落かな

 昔電気屋さんだったが、建築設備が主で動力と言っても200vの動力機器を見て居た。所が今はプラントを見るようになって、動力機器は440vの機器が主

 今月は年に一度の点検、電力を切り安全対策を十分い行い点検を。所が点検手順書なる物、今までのイメージではなかなか出来るものではない。

 1つの動作にも誰々が担当、誰が確認と言うように人の配置までも決め、順番に操作をしていく、(たとえば、VCB 切り、VCB 引き出し、制御電源 OFF 表示札を掲示)等の4つの動作を二人で声を出して行う。

 点検日、各機器メーカさんがやってきて、てきぱきと点検を始める。もっちゃんはただ見て居るだけ(確認作業)

 点検が終わると一安心、保守業務というのは事故がないようにするのが保守

 事故が起きて直すのは、修理屋さん

 もちろん、修理屋さんも技術屋さん、保守を行う人も技術屋さんである。

 その技術屋さんを育てるのは先輩達なのだ、頑張って年を取った先輩

  App0007   App0008

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2009年11月 9日 (月)

試験の結果

  朝職場へ行くと、なにやら機嫌悪そうにしている者がいる。

 昨日は試験があったのである、その結果が思わしくないのであろう、下を向いたままで挨拶する者や何もいわない者などがいた。

 結果は結果である、自分たちがそれなりの努力はしていたのだろうが・・・・・・・・?

 何もいわない者は、合格ライン線上らしい、結果発表が12月18日と言うからそれまでの楽しみである。宝くじと思えと言って慰めたが・・?

 結局、勉強の仕方に問題があるのだろう。試験問題ばかりに時間を掛けほんとうの基礎をおろそかにしてしまった結果だろう。又来年があると言っても、今年ほどの勢いがあるだろうか。疑問である。

 やはり、先輩達が日頃から後輩達の指導をしておかなければ、先になって娯楽の話ばかりでは後輩も線路を踏み違えてしまう。

 雰囲気をもっと考えてやらなければならないのだろうが、どうすることも出来ないジレンマがある。あまり無理をしないようにしよう(ストレスが溜まるから)

 

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2009年11月 8日 (日)

お疲れドライブ パート??

 お疲れドライブもいくつになったか判らなくなってしまった。

 昨日は、義母から電話があったらしい??? 9時頃軽トラックを運転してやって来た。家に上がり込んでなにやらかみさんと話している。

 義母が帰るのを見届けたかみさん「ばあちゃんがどうしても何処かに行きたいと。何度も。何度も言う」と話した。よほど今日は天気も良いし行きたいのであろう。と、「実家に電話してOKと言っていいよ」と話をすると、直ぐさま電話していたようだ。

 今日は孫の「千佳」も着いてくると言うので、千佳の好きなキャンカーで出かけることにした。

 キャンカーなのでそんなに遠くへは行けないので、糸島半島を目標に考えていた。孫を乗せ義母を迎えに行き出発だ。

 キャンカーの助手席には孫が座る、義母は後にゆっくりと座っている。かみさんは義母の世話を市泣けなければならないので横向きに座る。

 都市高速を走っている時、急に行き先変更、千佳が呼子のジーラーに乗ったことがないことを思い出したので呼子へ向かうことになった。

 前原市から二丈浜玉有料道路を走り、虹ノ松原を抜け唐津へ。東唐津から唐津城を正面に眺め呼子を目指した。

 呼子はイカの町、朝市が有名である。駐車場は観光船の発着場横にあるが、キャンカーは背が高いので駐車場には入れず、係のおじさんから誘導してもらい駐車場横に止めることにした。

 ジーラ-「水中展望船」20tの船である。女性の進出はここまでも来ていた、以前は中年の男性が船長であったが、今日は女性のそれも若い船長さんである。

 展望場所までは15分で着いた、船内放送があり下の展望室へ降りると、そこは水族館である。千佳は大喜びである、義母も初めてであったのか真鯛や黒鯛をメジナなどを見て喜んでいた。

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 時間が遅かったので、船から上がると出店を回るが買い物が出来ずにガッカリしていた義母

 今の時季は、客が多くなく16時には店を閉めていた。

 こちらは、キャンカーで帰らなければならないが、多久経由で帰ることにした。ここで後から「この頃日が暮れるのが早い、直ぐ帰らなければならない。」とぼやきの声

 そんなにも、車に乗っていたいのだろうか。動かない車は嫌と言っていた。運転する身になってよ???

昨日のお疲れドライブは、170kmでした。距離が短かったようだ。

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2009年11月 6日 (金)

ストレス

 久しぶりの書き込みです。

 今週初めから、歯茎が痛みだし、時々頭痛がしていた。木曜日にはとても我慢できる状態になく先輩の歯科医院に出かけて診て貰った。

 診察し終わって、どうもストレスから来ているようだね。

 どうして、そんな診断が出るのか知らないが、言われて思い当たることが多々ある。

 毎日毎日、仕事から帰ると疲れ切っている。たまにはこの頃始めた絵を描いたりしているのだが、ブログには手が届かない。

 疲れて書く気がしなかった。つまり、それがストレスであったようだ。

 ある文献を見ると

 「残念ながらストレスをなくすことはできません。生きている限りストレスは続きます。

 ストレスとは、本来、生物が外的あるいは内的な刺激に適応していく過程そのものを概念化したものだからです。つまり、気候が変わればそれに適応し、飲み水が変わればそれに適応し、心理的なショックを受ければそれに適応していく、そうした環境に適応していく時の反応とプロセスのことをストレスというのです。

 睡眠中にもストレスはあり、寝返りをうつのは、体の特定部分にストレスがかかりすぎているためです。ストレスを分散するために、体は自然に寝返りを打とうとします。また、急に温度が冷えたりすれば、それもストレスとなります。たいていは、睡眠中であっても、体が自然に布団をかぶって、寒さから体を守ろうとします。

 このほか、「嫌な夢を見て、突然目が覚めた」そんなときには、心臓が激しく鼓動を打っているのを感じる場合もあるかもしれません。

 つまり、睡眠中でも人はストレスを感じ続けているのです(むしろ、ストレスを感じられなくなってしまったほうが、調節ができないのでリスクが高まります)。

 我々の意志とは関係なく、自然環境は常に変化していますし、我々の心や体も自分ではどうにもならないくらい急激に変化することがあります。こうした外的・内的環境の変化に適応していくということが、とりもなおさず「生きる」ということですから、「ストレス」という言葉は「生きる」という言葉の同義語と考えてもいいくらいなのです。」

 と、がっかりするようなことが書かれていた。

 ストレスについて身に覚えがある、先般「自分のレベル(位置)2009.08.20」に書いたようなこと、つまり、40年もの長きに渡り規則正しい勤務をして、今

 教えざるものの罪、と言う言葉。人生の先輩が後輩に説かなければならない。ゆえに、若者にいろいろと説いているのだが、それが一寸重荷になっているのかもしれない。

 また、年取った後輩たちは、なかなか振り向いてくれない。(昔、ある年取った後輩から「若者教えるような話は、聞きたくない。すでに自分の子供は成人して大きくなっているから聞く必要がない」と言われたことがある。確かに体は成人して結婚もしているかもしれないが、それで先輩としての努めは終わっていないのだよ、部下がいるだろう。)と言ったことがある。視野の狭い人だと感じた。

 そのうちに判ってくれるだろう、と思うのみである。でも参った、歯茎の痛みが「ストレス」からとは?????

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